ペルソナ・コミュニケーション
お客:うぉ?なんだコイツ!?動くぞ!?じゃなくって、なんだこの態度は?

ウサ田:どうしたウサ?

お客:いや、なんか、インターネットの掲示板見てたら、なんかすごい不思議な人がいて。なんていうか、すごい変な。

ウサ田:どんなだったウサ?

お客:なんていうか、やたら攻撃的っていうか、ぶっちゃけありえなーいって感じの態度です。

ウサ田:どれどれ・・・うわぁ、全人格を否定するかのような口撃。応酬される揶揄と罵倒。これはヒドイウサね・・・いわゆるフレーミングだウサ。

お客:フレーミング??

ウサ田:ネット上での言い争いをそう呼ぶんだウサ。インターネット上では、みんな自分について明らかにせずにコミュニケーションが取れるウサ。例えば、ハンドルネームや、2ちゃんねるにおける「名無しさん」というように、個人名が不明瞭だったり、国籍や性別、人種ももちろん不明ウサ。

お客:ほうほう。確かにわかりませんよね。

ウサ田:あと、実はマザータング(母国語)もわからないウサ。ネイティブには間違えられないけど、英語のHPでは、タイ人、マレーシア人、ドイツ人など、様々な人たちが参加している事も多いウサ。そして、お互い何人かわからないんだウサ。

お客:日本のHPだけ見てたらちょっと想像つきませんね。

ウサ田:そうウサね。だから、インターネット上では、誰もが仮面を被ってコミュニケーションをしている、そう言うことができるウサ。これを「ペルソナコミュニケーション」と呼ぶウサ。

お客:へぇ、そうなんですか?

ウサ田:ちょっと堅い文章だけど、参考文献を読んでみて欲しいウサ。

 悲しい現実であるが、対面コミュニケーションでは外見的魅力がとても重要である。外見的魅力が備わっている場合、他人からは好かれやすく、より多くの興味と愛情を持って接してもらう事ができる。それゆえ、自分自身も周りに対して社交的に振る舞い、周りに対して愛情深く接する事ができる。

 逆に、外見的魅力にコンプレックスがある場合は、上記のような作用がすべて逆に作用してしまう。周りからの愛情が期待できず、自分自身も社交性を低くしてしまいがちである。

 しかし、インターネット上では、そのような外見的特徴から解放される事ができる。基本的には文字を媒介にしたコミュニケーションであるからである。

 インターネット上では、その匿名性により外見的魅力がニュートラルになる。それにより、相手の魅力を外見的特長以外で判断する事になる。場合によっては、コミュニケーションの進展により、お互いの写真を見せあいっこしよう、という事も起きるが、プライミングの作用が働き、外見的魅力よりも先に、文字情報で与えられた人物像が強く働く事が可能である。

 ちょうど、仮面舞踏会で、全員が全員、顔がわからないように仮装しているようなものであり、それゆえ、お互いに外見的魅力に対して幻想を抱きやすい。それが、外見的にコンプレックスのある人物を、コンプレックスから解放し、自由で自信にあふれた態度に変える事も可能であり、また顔もしらない男女が恋愛関係になる事も可能である。そして、それらがインターネット外の現実世界においても一定の影響を与えつづける。

 こういった形態のコミュニケーションをペルソナコミュニケーションと呼び、インターネットの持つ匿名性に所以する外見的特長のニュートラル化と幻想を抱きやすい性質を、ペルソナ化と呼ぶ。

出典:http://ak1h1ko.hp.infoseek.co.jp/himitu/soturon.pdf

ウサ田:ペルソナというのは、もともとユングという心理学者の提唱した概念なんだウサ。例えば、先生なら先生らしく、尊大に、マジメに学生に接するウサ?

お客:え?先生って生徒を常にいやらしい目で見てるんじゃないんですか!?

ウサ田:そ、そういう事件は確かに多いけど・・・でも、社会的立場がその人格に与える影響は確かにあるんだウサ。そういった「社会的立場や役割によって既定された人格・・・いわば、心に被るお面」をペルソナと呼ぶんだウサ。

お客:へぇ・・・・お面ですか。教師のお面は尊大かつマジメに、コメディアンのお面は愉快かつ楽しげに、ジェイソンのお面は穴だらけかつ真っ白に、ですね。

ウサ田:最後は違うけど、まあ、そうなんだウサ。そして、インターネット上でも、同様にペルソナが強く働くんだウサ。ただ、違うのは、インターネット上では自分が何か打たないと、自分についての情報はゼロ。理論的にはペルソナを思い通りに、自由自在に作り上げる事ができるウサ。

お客:ううーん・・・イマイチよくわかりません。イメージつかめないなぁ・・・

ウサ田:合コンで・・・

お客:出た!合コンの例え!

ウサ田:うるさいウサ!・・・まぁ、だいたい、初めてお会いする異性がいるとするウサ。そのとき、外見や顔立ち、服装や口調で、その人の性格や生い立ち、おおざっぱな趣味を判断するウサね?

お客:そうですよ!極めて重要ですよ。判断しますよ!しなきゃ始まりませんよ!

ウサ田:でも、インターネット上の掲示板やチャットルームではどうウサ?できるウサ?

お客:え・・・・・・相手が何も発言してくれなきゃ、わかんないですよ、何も。

ウサ田:そうウサね。逆にいえば、何を言ったか、何を入力したか、で相手の受け取る印象を100%コントロールできるウサね?

お客:そ、そういえばそうだ!!こ、これは現実とゼンゼン違うぞ?!

ウサ田:インターネット上で発現する時、人は自分を再構築するウサ。ちょっと暗めな人が、「!」マークや顔文字(^o^)で明るく振舞って、明るいペルソナを獲得しようとしたり、普段マジメな人が「ぬるぽ」とか「や ら な い か?」とか2ちゃんねらーでちょっとアナーキーな雰囲気のペルソナを獲得したり、そういう事が可能なんだウサ。

お客:な、なるほど・・・・それがペルソナ化なんですね。

ウサ田:誤解を恐れずに言うのなら、「ペルソナ化」しない人はいないウサ。インターネット黎明期での実験では、メールでコミュニケーションした場合、半数以上が「誤解されてしまった」という結果が出たし、文字入力を媒介したコミュニケーションだと、自分を伝えにくいというアンケートが今でもあるんだウサ。作為不作為に関わらず、だれもが仮面を被ってコミュニケーションをするんだウサ。

お客:そうなんですか。うーむ。僕もあなたもペルソナしてるんですね。

ウサ田:そうウサ。たとえ実名だろうと、一貫性のあるハンドルネームだろうと、毎回ころころハンドルネームを変えようと、名乗りさえしなくても、ペルソナ化はしているんだウサ。

お客:うぅうぅむ・・・

ウサ田:だから、インターネット上での罵倒や非社会的態度や活動について、「これは匿名だから起こるんだ!」とか「いやいや、実名にするのは自由なコミュニケーションを排する!」とかそういう議論が時に起こるけど、インターネット上では匿名だろうと実名だろうと一種のハンドルネーム。ペルソナを被っている事には変わらないウサ。コミュニティ内での生産性や平和を論じる時に、「実名!」「匿名!」の議論は常に出るけど、それは決して決定的な要素じゃないウサね。

お客:そ、そうですかね?それって極論すぎません?

ウサ田:今のセキュリティシステムや、インターネットでの個人特定の手段がまだまだ未発達なのを考えると、他人の実名を騙る事もできるし、架空の実名を騙る事も可能だウサ。フレーミングを予防し、快適で生産的なインターネットコミュニティを作るためには、違うアプローチが必要だウサ。

お客:なんでしょう?そこまで言うには何かあるんでしょうね?

ウサ田:原理はカンタン。割れ窓の理論なんてのもあるけど、「より融和的・協調的なペルソナを被りたくなるようなコミュニティ環境の設定」と「コンフリクトの解決手段の明示と執行」だウサ。

お客:ま、また日本語ともなんとも言えない難しい言葉を!!

ウサ田:というわけで、続きは次回!

お客:あ、逃げた!

※ペルソナコミュニケーションは心理学者パトリシア・ウォレスが考え出した概念です
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by uzada | 2004-05-09 09:42 | ネット・IT
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